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私が親孝行で伝えたかった7つの事(両親をセブ島に招待して)


 

 

こんにちは。フィリピン起業家こと鈴木光貴(ミッチー)です。

鈴木光貴(ミッチー)
親孝行研究家。親孝行をするためにセブ島で語学学校を設立。現在、親孝行を学ぶ学校「親高校」の設立に向けて模索中。

 

私は、普段フィリピン・セブ島でビジネスをしながら暮らしていますが、この度、初めて両親をセブ島に招待することができ、ひとつの夢が叶いました!!

 

私自身がセブ島に来たのは2012年8月にフィリピン留学がキッカケで、2ヶ月間の留学後、当たり前のように日本で起業しようと思っていました。しかしながら、成長する東南アジアの勢いを肌で感じ、さらにフィリピン留学の可能性に魅了され、そのままセブ島に残り友人たちと語学学校を創る事にしました。全てが勢いだったので両親にも何も相談してませんでした。

 

もういい歳(当時30歳)なので相談することもないと思ってましたが、一点心残りだったのが、新卒から毎月行っていた親への仕送りを、会社を辞めることで収入が無くなり、さらに起業することで今後どうなるか分からない不安から会社が軌道に乗るまで止めることでした。

 

そもそも仕送り自体が親から嘆願されたものでも無く、自分が勝手にやってきた事なのでストップに対して何も咎める事なく、むしろ「今まで有難う」との一言でした。逆に申し訳ないと思い、早く会社を軌道に乗せ、感謝と共に両親をセブ島に招待したいと思いました。

 

これまでのキャリアや一緒にいる仲間を考えても、すぐに会社は軌道に乗せて親をすぐにでもビジネスクラスでセブ島に招待できる。そう確信してましたが、初めての起業、しかも海外での起業。そんな上手くいく訳無く波乱の幕開けでしたが、その話は長くなるのでまた別の機会でお話しします。

 

そんな大変な時期もありましたが、4年経った頃にはフィリピン留学の市場の後押しもあり、たくさんの仲間にも恵まれ、会社はなんとか軌道に乗るようになりました。両親への仕送りについては、起業1年目は役員報酬ゼロだったため叶いませんでしたが、2年目から役員も給料をもらうようにし一部を仕送りに回しました。それでもサラリーマン自体の仕送りの2分の1でした。(サラリーマン時代にどれだけ贅沢な給料をもらっていたか思い知りました)

 

やっと両親をセブ島に招待できる。そう決めて半年後のセブ島行きのチケットを取り、そこからプランニングの毎日でしたが、あれもこれもしたい。色々なアイディアと共に、時間が許される限り親孝行をしてみました。今回は私がこの親孝行を通じて感じたこと、伝えたかったことを7つにまとめて見ました。

 

前置きが長くなりましたが、このブログもそんな両親への私なりのラブレターみたいなものなので最後まで暖かい目でお読み頂けたら幸いです。

 

 

そもそも親孝行って恥ずかしい事なのか。

 

正直、私はこれまで親孝行は恥ずかしい事だと思ってました。照れ臭いに近いのかもしれませんが、それを人前でするなんて最も恥ずかしい事でした。不思議なのが親孝行をしている人ほど、まだ親離れできていないという印象を与え、人によってはマザコン、ファザコンと揶揄されるかもしれない。私はそれが恥ずかしいと思ってました。

 

そんな私の考えを180度変えてくれたのが、フィリピン人たちでした。フィリピン人はお国柄なのか、宗教柄なのか、家族を非常に大事にします。クリスマスや誕生日などの大事なイベントは、恋人や友達とではなく家族と過ごすのがフィリピン人にとって一般的です。また、出稼ぎ文化であるフィリピンは、GDPの1割が出稼ぎ労働者による送金(仕送り)になります。決して豊かな暮らしをしている訳ではないけれど、収入の一部を両親や家族を養うために仕送りする。現に、当社の日本で働くフィリピン講師たち全員に聞いても皆仕送りしています。それが当たり前なのです。

 

フィリピン人の誰に聞いても、胸を張って大切な人は親と言う、家族と言う。日本では明らかにマイノリティ(少数派)です。ただ、素直にどちらが素晴らしいと言うと、前者です。ならば私も胸を張って、両親が大切、家族が大切と言おうではないか。もしかしたらそれだけでも親孝行は始まっているんだと思います。

 

両親のセブ島到着初日の記事はこちら

Vol.321-2 Finally♪ Welcome to our Cebu, my parents!!

 

一緒に働くスタッフも家族

 

会社経営している方なら誰もが思うことが、スタッフや従業員も皆家族と同じような存在になる時があります。これは経営者側しか感じないことかもしれないです。現に私も企業に属している時は決して家族とは思わなかったです。ただ、受け入れている側としては、時間と能力を会社に預けてくれていること、それ自体がとても有難いことで感謝すべきことです。

 

そんな家族のように思っているスタッフや従業員、職場も含め私にとっての宝物を両親に魅せたかったし、スタッフにも自分の両親に会わせたかった。これは私がセブ島に来てすぐには実現できない事でした。創業時はスタッフも居なければフィリピン講師もいない。そんな状態だったので、今回このタイミングで招待できたことは良かったのかもしれない。

 

これからも会社は大きくなり人数が増えていき、名前と顔が分からない位の規模になったら上辺だとしても家族とは言えなくなる。こんな風に写真に全員の顔が分かるぐらいの規模が私は好きなのです。母親もこの日のためにスタッフ一人一人に手作りクッキーと日本人形の栞を用意していたみたいです。これが100人、1,000人になったら腱鞘炎になってしまいます(笑)。

 

 

両親の学校訪問の様子はこちら

Vol.323 【両親の学校訪問】僕らの宝物を見せれました。

 

 

もう一つの宝物、セブ島で出会った仲間たち

 

私が会社とは別でもう一つセブ島で創った宝物、それが仲間です。私自身もこれほどの仲間がセブ島でできると思ってもいませんでした。フィリピン留学ブームで多くの日本人が来ており、さらにフィリピン人は日本人との親和性が高く、英語さえできればビジネスも比較的簡単にできることもあって、たくさんの日本人が起業していることもあります。私たちも30歳の時に起業した時には、勢いのある若手三人組って言われていましたが、それから20代半ばの起業家がどんどん台頭してきて、35歳になった今ではすっかり中堅経営者になってしまいました。

 

セブ島経営者のいい所は、仲の良さです。例え、競合他社でもお互いがノウハウや知識を共有し合っています。パイの取り合いではなく、全体のパイを増やしていくか、それを経営者同士で議論し合っているからフィリピン留学市場は伸びているのだと思います。そして何より、「俺の両親がセブ島来るから、サプライズ付き合って。」の一言だけでこれだけの仲間が集まってくれました。本当に私は仲間に恵まれています。

 

 

 

サプライズパーティーは、両親の結婚式披露宴を模倣しました。新郎新婦のご紹介から主賓の挨拶、余興、最後は花嫁の手紙ならぬ息子からの手紙でスピーチもしました。

 

当日はFACEBOOKのリアル動画での撮影などもしました。

 

両親サプライズパーティーの記事はこちら

Vol.324 【もう一つの宝物、セブ島の仲間たち】両親welcome party

 

 

何万食も食べさせてもらったから、連れて来たいオススメのレストラン

 

一体、今までどれぐらい両親に食べさせてもらってきただろうか。手料理も外食も含め、産まれてからアルバイトができるまでの中学3年まででも計算してみると、365日×15年間×3食=16,425食でした。これをもし1食1,000円単価で計算したら、16,425,000円です。食費だけで1,600万円を超えています。(もしも成人まで働かずに親元で生活していたら、軽く20百万円を超えます)

 

幼稚園から大学まで掛かる学費を全て公立でも1,000万円。オール私立だったら2,400万円と言われています。今までは高い学費を払って育ててくれてありがとう。と思っていましたが、食費の方が全然掛かっていたのです。これを知ってから両親との食事での食費を出す事に何の躊躇いもありません。あと両親と何回食事ができるでしょうか。海外暮らししている私にとっては、もしかしたら100回も食べれないかもしれません。それであれば、両親との食事は一回一回を大事に美味しいものを食べたいです。

 

特に大事なのが、今まで美味しいものだけを食べさせてくれたので、私が美味しいと思うレストランだけに連れて行きたかった。人の舌は子供のときの食べ物で決まると言うのであれば、その舌で美味しいと思うものを食べて欲しい。そんな想いでセブ島のあるたくさんのレストランから選んで連れて行きました。自分が作っている訳でもないのに両親に「美味しい。」と言ってもらえること、それが最高の褒め言葉なのです。

 

 

今回、私が選んだオススメするセブ島レストランはこちら

Vol.321-2 記念すべきセブ島一発目の食事は、セブ島老舗日本食レストラン一力茶屋

Vol.322セブ島の初ランチはセブ島で一番美味しいラーメン屋であるTONGARA RAMEN

Vol.325 【セブ島の極上ステーキ】3日目は呑気の鉄板焼き店。

Vol.327 【週末は贅沢アイランドホッピングとウェスタンステーキ】

 

 

セブ島の我が家の暮らしと愛犬アロナ

 

私がここまで魅了されたセブ島での暮らしを魅せたかった。あと家族である愛犬アロナ。セブ島に初めて来た両親だから、もしかしたら治安を心配していたのかもしれない。食事も去る事ながら、空気だったり環境だったり、私自身も来る前はフィリピンって聞いただけで、劣悪な環境を想像していたかもしれません。(両親には散々良さを伝えていたので思ってなかったかもですが。)

 

自分たちがどんな所に住んで、どんな暮らしをしているかを見てもらって、安全で豊かに暮らしているかを魅せたかった。母親は産まれてこの方、マンションや高い所に住んだ事なかったみたいで、セブ島の夜景にも感動してました。ちなみにこちら良さげなお部屋に見えますが、日本で借りたらとんでもないですが、セブ島だと5分の1の価格で借りています。物価や地価が安いのもセブ島の魅力の一つです。

 

 

両親訪問の記事はこちら

Vol.326【我が家でアロナと初対面】セブ島の我が家を初公開!

 

 

セブ島の最高コンテンツ、白い砂浜ビーチに透き通った青い海

 

セブ島と言えばリゾート、最大の魅力は白い砂浜に透き通った海。これを見ないとセブ島とは言えない。しかし、セブ島は実はそんな綺麗な砂浜はホテルのプライベートビーチしかないのです。ではどうするかと言うと、アイランドホッピングと言ってバンカーボートを借りて、セブ島の近くの島々を転々とします。

 

この日も私たちがよくツアーで行くパンダノン島に行きました。途中でシュノーケリングポイントで魚を見るのですが、ちゃっかり連れて来たアロナも気持ちよさそうに泳いでいました。

 

 

 

アイランドホッピングの記事はこちら

Vol.327 【週末は贅沢アイランドホッピングとウェスタンステーキ】

 

 

最後に、今回の親孝行を通じて伝えたいこと

 

今回の両親セブ島ツアーは、長いように見えて実は4泊5日。そして、今回の親孝行で伝えたかったのは、両親への感謝の気持ちも勿論あるけど、親孝行はやろうと思えばいつだってできるし、何でもできるということ。親は、子供が成人するまで育てるのが当たり前の義務と言うけれど、それであれば成人した後は、両親が死ぬまで子供が親孝行するのを義務にしたい。(自分が親になったらそんなの要らないよと言いそうですが)

 

不思議なのが、子育てや結婚の本や雑誌は世に溢れているのに親孝行の本や雑誌なんて見たことがない。単純に売れないからだと思うけれど、もっと世の中にどんな親孝行があるのか、親が喜ぶメッセージやプレゼントは何なのかとか、そんなコンテンツ溢れる本や雑誌があっていいかと思う。(うーん、でも売れなそう。)それはやはり、お国柄なのか親孝行に対して、それほど重要視されていない文化があるのかもしれません。

 

「孝行したい時分に親はなし」親孝行に関することわざの一つですが、これも今回私を強く動かしたものになります。親孝行したいときに親は亡くなっている。と言うことですが、それが分かっているのであれば生きている間にありったけの親孝行をすればいいのではと思った。きっとそれでも亡くなった時に、もっと親孝行したかったと思うのかもしれないけれど、やるとやらないでは大きな違いです。

 

そして、私が一番伝えたかったことは、今回リアルタイムで親孝行の様子をFacebookに毎日投稿したり、このような形でブログにまとめてみたりしたのも、これを読んだ人たち皆さんに、「親孝行っていいな」「俺も、私もやってみよう」って少しでも思ってもらうことでした。すぐに会ったりとかできなかったら、「元気?」とかのメッセージでもいいですし、「今度の両親の誕生日にはこんな事してみようか」など、何かしらアクションをしてくれたら嬉しいです。

 

親孝行は、やってる側もやられている側もそれを見てる側も、誰もがほっこりした幸せな気分になる。そんな最幸な行いです。それは赤ん坊が世に産まれてくる瞬間と同じなのかもしれません。是非、皆さんもちょっとした親孝行をしてみてください。そして、感想や素敵なエピソードがあったらコメントください。私もこの記事を書いていて、また親孝行がしたくなりました。

 

 

 

最後に、お父さん、お母さん

 

この世に産んでくれてありがとう。

二人の子供に産まれて本当によかったと思っています。

いつまでも元気でいてください。

 

みつたかより

 

 

 

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